よいとの まきまき うろんな ぷいぷい
にぃたか ろーりゃ みうみよ おいとちゃ
かあいらしいお声が紡ぐは、何とも出鱈目なお唄の一節。
ちゃんとした歌を、だが、
舌の回らぬお口が一丁前に奏でているから、
何が何やらという替え歌になってしまうのか。
それとも、そもそもからして出鱈目で意味のないそれなのか。
そこいらで摘んで来たらしい、
すっかり枯れている えのころぐさを振り振り、
出鱈目な神楽、
御機嫌な様子で口ずさんでいた幼い和子だったが、
「〜、あ・せ〜な。」
広間の濡れ縁まで出て来た書生くんの気配を嗅ぐと
お歌も途切れて、
にゃは〜と笑み崩れる可愛い子。
真ん丸な輪郭がよく判る、きゅっと絞って結われた髪が、
後ろ頭にお馬の尾っぽのようになって垂れてるところがまた、
一丁前な身だしなみをおませさんにも整えていての愛らしい。
一見すると、五、六才ほどの童子に過ぎない姿のこの子は、
だが実は“天狐”という妖異であり。
本来ならば随分と格の高い、神のお使いである筈が、
とある縁があってのこと、
この屋敷へこうして預けられているのだが。
秋といえば収穫の時期。
豊饒への感謝、天の神様、地の神様へと
報告する儀式が増えたと同時、
一応は大内裏に務める身の神祗官補佐様も、
そのご出仕が増えたもんだから、
このところはお留守番を余儀なくされる退屈な日が増えた。
「ごめんね、今日はボクも出掛けてたもんだから。」
まだ寝ていたくうちゃんを、
そのままお留守番させての主従で出仕となってしまったので、
事情は判っていても、ちょっとは寂しかったに違いなく。
それが証拠に、
濡れ縁の手前あたりという、いつもの位置へと膝をつき、
円座にぽそんと座ったセナくんの、
そのお膝までへと、とてとてすぐさま寄って来た彼であり。
筒袴の裾から除く小さなあんよが、
上等なぎゅうひのお餅で出来てるみたいで。
柔らかそうだし、冷たそうでもあって。
「ほら、もっと炭櫃の傍までお寄り。」
「あいvv」
すぐのお隣にとさり座り込むと、
小さな身を擦り寄せて来るのが何とも愛らしい。
見た目は小袖と袷を重ね着し、
下は筒袴といういで立ちだけれど。
その実、触れれば毛並みの暖かさがすぐにも伝わる。
強く掴むとすぐにも骨へと届くほど、
まだまだそりゃあ幼い和子であり、
そろそろ自分で遊ぶようになっての、
一人でひょいと出掛けることさえある腕白さんだが、
そういうときの当てだった誰かさんも、
どうやら冬眠に入ったか、
このところは屋敷から出ずに大人しくしている模様。
とはいえ、
「おやかま様は? おとと様は?」
「さあ…。
葉柱さんはまだお越しじゃないんで判らないし、
お師匠様は何か用があるって言って、
宮中から帰る途中で牛車から降りてってしまわれたし。」
奔放な行動をなさるのはいつものことなので、
牛飼いの雑仕らも慣れたもの。
待っていろとわざわざ言わなかったので、
ああこれはお帰りを待たなくともいいらしいと
察す呼吸も培われており、
セナだけを屋敷まで連れ帰って来た一行で。
そういった顛末を聞いて、
「…ふ〜ん。」
途端に気のないお声を出したくうちゃんであり。
「……じゃあ、今日はセナと遊ぼうって思ったでしょ。」
「はやや。せ〜な、しゅごいしゅごいっ。」
「………。(この子は〜〜〜)」
◇ ◇ ◇
木枯らしの吹きつける頃合いとなってから、
少しほど日は経っており。
陽が落ちると足元から冷え込むようにもなっていて。
見上げた空の色も山々の佇まいも、
そろそろ秋と呼ぶには薹(とう)が立っていよう、
そんな押し詰まった時期に入りつつあって。
「…。」
微かに唸りをおびた、冷たい風が吹きすぎる。
見渡す限り何にもない草っ原が、
雲の出て来た曇天の下、
風に任せてざわざわと、
驟雨のような、さざ波のような音を立てている。
そんな中にぽつりと立つ姿は、
存在感がない訳じゃあないのに、
不思議と…意識しなけりゃ見落としそうな風情でもあって。
黒っぽい衣紋の裾を時折大きくはためかせ、
珍しく首元へと巻いてる布の裾を、尾のように長くたなびかせ。
随分と長くのずっと、じっと佇んでいる彼であり。
「……。」
途方に暮れている様子でもなく、
誰かを待っていての手持ち無沙汰な風でもない。
男臭い横顔は精悍な落ち着きをたたえているし、
時折、前髪がはらりと風に遊ばれて落ちるのを、
大きな手の手櫛でもって、ぐいと掻き上げる仕草も、
常のそれと変わりはなくて。
“何してやがるかな。”
こんなところに突っ立って…と、
そんな言い回しが口の先に乗りそうになったものの。
だったら…と声をかけまではしない蛭魔だったのは、
胸の裡(うち)ではとうに、
訊かずとも察しがついていたからに他ならず。
「…。」
冬眠に入った仲間内の大半が、
この草原のあちこちで眠ってでもいるのだろ。
そんな彼らを総べる惣領として、
彼らの心音でも確かめているものか。
“そういう時期、か。”
蜥蜴という蟲妖、気温が下がれば体温も奪われるのでと、
春になるまで土中で眠る者が大半な中、
このうら若き総帥様だけは、冬眠をしない変わり種。
冬のさなかに生まれた鬼子だったせいだろか、
寒さに強く、そのせいでという眠気は訪れない性だそうで。
よって、仲間らが皆して眠る長い冬、
いつものずっと、あんな風にして独りで過ごしていたらしい。
“……。”
少なくともこの自分と出会うまでのそりゃあ長い長い間、
ああやって独りで冬を過ごして来た葉柱なのだろう。
何を見るともなく、風に身を任せて。
何十年も何百年も、
一番 人恋しい季節をたった独りで。
「…。」
この話を持ち出すたびに、
それがどうかしたのかと言いたげな顔をする葉柱だけれど。
そういうところが人とは違って鈍感というか、
自然が相手なんだからと、
合理的に納得出来る奴らなんだろうけど。
“…その割にゃあ、俺よりずっと人臭ぇ奴なんだよな。”
妙なところで義理堅いし、
小さいものが苦衷にあると放っておけない困った奴だし。
ああそうか、話相手がいなくて手隙だから、
そんな余計なことへ目が行くんだ、お前。
独りで居たって平気なくせに、
何でまたそう、淡々とした顔して風に撒かれてやがんだよ。
「……? 蛭魔か?」
風向きが変わったからか、
こっちが立ってたのにやっとこさ気がついたらしくって。
「どうしたよ、出仕じゃなかったのか?」
「もう済んだ。」
寂しそうにしてやがったくせによ。
何だかこっちが気遣われてね?
そうと思うと、
寄って来てくれんの待ってるなんて癪だったので。
わしわしと下生え踏み分けて、
今更だったが、こっちからざかざかと歩み寄る。
一応は出仕向きの分厚い直衣を着ちゃあいたけれど、
つるんと冷たい木枯らしは、
容赦なく頬だの首だの撫でていくから。
「?? どした?」
「うっさい。//////////」
寒いんだ、仕方がねぇだろと言わんばかり。
歩み寄った大柄な相手を見据えると、
その懐ろへと手をかけて、
大きめの狩衣の前合わせを左右へがばーっと割り開く。
「お前はよ〜〜〜。」
この寒いのに何しやがると、
凄みを帯びた声で続けかけた文言が…途中で切れたのは。
そうして開かれた内着の上へ、
白い頬が擦り寄って来たから。
「…そんな寒いのか?」
「〜〜〜。///////」
是としか答えられぬのが癪で、
聞こえぬ振りの知らん顔を通そうとしたが、
「…っ☆ な…っ。////////」
「成程、これは冷たい。」
ふわりと寄って来た唇に、口を吸われてしまい、
何しやがるかと怒鳴るより先、そんな風に言い切られては、
「…おうよ。/////////」
そうと言うしかないじゃないかと、
それでのそうと応じてやって。
そのまま…頼もしい腕にくるみ込まれてやる御主様。
こうやって寄り添い合ってると、
同じ風の唸り声も違って聞こえるから何だか不思議で。
安堵を誘う温みを感じ、それがどこへも行かぬよう、
こっそりと相手の衣紋を掴みしめてる術師殿。
「蛭魔?」
「なんだ。」
「…いや、やっぱ何か用があったんじゃあ。」
「何もねぇつってるだろうが。」
だからだから、今少しこのままでいて。
どんなに冷たい風だって平気だと、
そんな頼もしい懐ろが自分専用の隠れ家なのを、
もう少しだけ堪能させて……。
〜Fine〜 08.11.25.
*何だか急にがくんと寒くなりましたね。
どちら様も、お体ご自愛くださいませね?
めーるふぉーむvv 

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